目的はいろいろあると思いますがNTTドコモのFOMAカード(SIM)を加工することに問題はないのでしょうか?以前から興味があったので同社の契約約款に目を通してみました。このエントリはドコモのSIMカードの加工をすすめることが目的ではありません。契約約款上の解釈を確認することを目的としています。
お断り
私は弁護士や司法書士等いわゆる法律の専門家ではありませんし、大学の専攻も法律ではありません。むしろ、一般教養の法学科目の単位をかろうじて取得する程度の知識です。法解釈に精通している訳でもありませんので、至らぬ点はご指摘いただけますと幸いです。
契約約款てなに?
約款とは「企業などが不特定多数の利用者との契約を定型的に処理するためにあらかじめ作成した契約条項」です(Wikipediaより)。ユーザが快適に携帯電話を利用するための会社とユーザ間のルールと考えればよいでしょう。携帯電話と約款というとあまりピンときませんが、ドコモユーザは必ず申込時にこの契約約款に同意しています(同意しなければ申し込みを受け付けてもらうことができません)。
契約約款はこのガイドブックの後ろの方に抜粋版として掲載されています。あくまで抜粋版ですし、時点が古い可能性もありますので最新・完全なものは同社のホームページで確認が必要です。
契約申込書に署名する=約款に承諾する
同意したつもりはないけど?と思う方もいらっしゃるでしょう。FOMAサービス契約申込書の一番右下(上の写真)に「ご署名欄」がありますが、ここには小さな字で次の通り書いてあります。申込時に署名をするということは、ドコモが定めた契約約款やその他の利用規則等に同意したと意思表示することと同義なのです。
「携帯電話サービスご利用ガイドブック」を受領し、FOMA、(国際電話)サービス契約約款、ベージックコースご利用規約およびiモードご利用規則に記載の各事項に基づき提供されるものであることを承諾した上で上記のとおり申し込みます。
FOMAカード(SIM)の位置づけ
FOMAカードは、NTTドコモがユーザへ貸与するものであることが明記されています。つまりユーザが購入したのは携帯電話機であってSIMはドコモから借りたものということです。借りた以上は返却が必要ですが、返却時の原状回復の義務は明示されていません。
(FOMAカードの貸与)
第48条 当社は、FOMA契約者へFOMAカードを貸与します。この場合において、貸与するFOMAカードの数は、1のFOMA契約につき1とします。
(FOMAカードの返還)
第50条 FOMAカードの貸与を受けているFOMA契約者は、次の場合には、当社が別に定める方法によりFOMAカードを当社が指定するFOMAサービス取扱所へ速やかに返還していただきます。
(1) そのFOMA契約の解除があったとき(略)。
(2) FOMAの利用休止を請求し、その承諾を受けたとき。
(3) 2in1利用の承諾を受けたとき。
(4) その他FOMAカードを利用しなくなったとき。
FOMAカードの加工に関する規定
借りたものを勝手に加工してよいのでしょうか?ざっと目を通した限りおそらく明示的な規定は存在しません。ドコモがSIMカードの加工を認めないとするのであれば、根拠は前述のとおりFOMAカードが貸与であることと、善管注意義務違反ということかもしれません。
(利用に係る契約者の義務)
第85条 契約者は、次のことを守っていただきます。
〜略〜
(4) 当社が貸与するFOMAカードを善良な管理者の注意をもって保管すること。
(5) 略
(6) FOMAサービスの一般的な利用と比較して著しく異なる理由があり、それにより電気通信サービスの円滑な提供に支障が生じた場合は、当社からの求めに応じてその利用を中止すること
〜略〜
4 契約者は、第1項の規定に違反して当社が貸与しているFOMAカードを亡 失し、又はき損したときは、当社が指定する期日までにその補充又は修繕等に 必要な費用を支払っていただきます。
ユーザはFOMAカードを貸与されているとしてもその使用範囲は明示されていませんので、当然に加工を禁止するものであるという解釈はできないように思います。またユーザ側に余程の過失がない限り、ドコモがユーザに課した善管注意義務を怠ったとの主張は難しいと思います。仮に、そうだったとしても第85条4項には修繕等に必要な費用を支払うことが規定されているのみです。通常、SIMカードを返還するのは解約時ですから、加工済みのSIMを返還しても費用の支払いは発生しないでしょう(キャリアは違いますがイー・モバイルの解約時には使用できないようSIMカードを切り込みを入れて返送するよう指示された経験があります)。また、SIMカードを加工する作業によって「電気通信サービスの円滑な提供に支障」を来たすことはないと思いますので第6号も当たらないのではないかと思います。
利用停止と契約解除
SIMカードの加工を明確に禁止していないものの、ドコモには利用停止や契約解除の権利を有していることに注意する必要があります。第53条では上記の第85条の善管注意義務規定も含むことになりますので、ドコモがユーザのSIM加工を発見し、善管注意義務違反と認定すればサービスの利用停止を行使する可能性もあります。
(利用停止)
第53条 当社は、契約者が次のいずれかに該当するときは、6か月以内で当社が 定める期間(〜略〜)、そのFOMAサービスの利用を停止することがあります。
〜略〜
(5) 第85条(利用に係る契約者の義務)の規定に違反したと当社が認めたとき。
〜略〜
2 当社は、前項の規定によりFOMAサービスの利用停止をするときはあらかじめその理由、利用停止をする日及び期間を契約者に通知します。 ただし、本条第1項第5号により利用停止を行うときであって、緊急やむを得ない場合は、この限りでありません。
相当期間の利用停止を経ても是正されない場合は契約自体が解除される可能性があります。場合によってはドコモには、著しい影響が出ると判断されれば直ちに解除できる権利もあります。解除については第19条(24条)で定められています。
(当社が行う一般契約の解除)
第19条 当社は、第53条(利用停止)第1項の規定によりFOMAの利用を停止された一般契約者が、なおその事実を解消しない場合は、その一般契約を解除することがあります。
2 当社は、一般契約者が第53条第1項各号の規定のいずれかに該当する場合に、その事実が当社の業務の遂行に特に著しい支障を及ぼすと認められるときは、 前項の規定にかかわらず、FOMAの利用停止をしないでその一般契約を解除 することがあります。
3 当社は、前2項の規定により、その一般契約を解除しようとするときは、あ らかじめ一般契約者にそのことを通知します。
※ここでいう一般契約は定期契約(2年縛りなど)のない場合を指しますが、定期契約の場合も第24条により一般契約の規定が準用されることが定められています。
SIMカードを加工することのリスク
上記のとおり、契約約款ではSIMカードの加工について明示的に禁止する規定はないものの、ドコモの判断次第では利用停止や契約解除とすることができる建付けになっています。この結果として以降の新規申込みが拒否される可能性もでてきます(第10条、第21条)。申込時に審査が必要になるのは、割賦販売時の信用力だけではなく、こうした点も考慮してのことだと思います。ドコモとしてはより多くのユーザに満足度の高い環境を提供する観点から特定ユーザによってこの環境が脅かされてはいけないわけですから、一定の理はあると思います。
まとめ
一般的に、約款取引は顧客にとって一方的に不利な条項が挿入される危険性を伴うため(一般的には企業が約款を自由に変更できるようになっており、例えばドコモの場合でも第2条にこの約款を自由に変更できることが規定されています)、開示規制や内容の合理性に対する司法や行政、立法面での規制が課題とされています。近年、消費者庁の設置等でうかがえるように消費者保護の観点から規制の強化の必要性が強調されています。
たとえば、ドコモがユーザにこの約款を分かりやすく説明しているのでしょうか?申込時に約款の存在すら説明されず、申込後に渡されているだけです(しかも抜粋版であり、場合によっては最新版ではない)。ユーザ側とすれば知らない間に押し付けられただけのものです。SIMカードの加工に関しては取扱説明書やカードホルダーのお願い事項にも記載されていません。仮に禁止行為なのであれば企業側のユーザに対する周知徹底策は不十分と言わざるをえないでしょう。
また以前にはこのようなレポート(ドコモのSIMカードを削って『iPad』に入れてもドコモは怒りません)もありましたので、SIM加工が直ちに利用停止や契約解除につながることはないと思われます。
ただ、ドコモには提供サービスのクオリティを一定に維持する責任があり個々のユーザに対して一定の制限を課すことの合理性は認められるわけですから、契約約款の存在や内容の周知徹底が不十分であったり、明示的に禁止していないことをもって、利用停止や解除が無効であると主張することには非常に違和感があります。生じ得るリスクの一切を負う自己責任を許容できないのであれば踏みとどまった方が賢明のように思います。
【注意】このエントリはドコモのSIMカードの加工をすすめることが目的ではありません。