4月19日(米東部時間)、麻生太郎副総理兼財務大臣兼内閣府特命担当大臣が、米戦略国際問題研究所(CSIS:Center for Strategic and International Studies)にて「アベノミクスとは何か 日本経済再生に向けた日本の取組みと将来の課題」というタイトルで講演しました。
今年2月に安倍晋三首相が同所でスピーチした内容に掛けて「私も戻ってきました」に続き、日本の首相がコロコロ変わるっていることについてジョークを飛ばして聴衆の心をわしづかみです。
講演は英語で行われ、スクリプトと日本語訳が公開されていましたが、現在は削除されているようです。ニュースサイトでは断片的に報道されているスピーチ内容ですが、長文ですが全文読んだ方が背景を理解できるでしょう。
どこにも掲載されていないようなので、以下、公開されていたPDFをそのまま転載しました。しかるべき公的機関のホームページなどで紹介されたら削除する予定です。
[2013年4月21日追記]
Ustreamに動画がアップされていましたので以下リンクを追記しました。
では、どうぞ。
ハムレさん、グリーンさん、そしてご来場のみなさまに感謝申し上げます。麻生太郎です。私も戻ってきました。
みなさん言われるのは、日本では、首相はいても1年だと。それは私のことですよね。日本の政治は「回転ドア」のようだというときは、安倍総理と私のことを指していますね。いやはやどうも。
しかし、これにはいい面もなくもないのです。現政権には、元首相が2人、元党総裁が3人います。ここは、うらやましがってもらわねばならんところでありまして、みなさんの大統領制では、これはできない相談でしょう?
さて、私たちの同盟のことから、話を始めましょう。
我々の同盟関係における安全保障について、米国がいつも与える側であり、日本はいつも受け取る側である、という見方は何かがおかしい、私はそう思います。日本は、米国にとって、対 等で責任ある同盟国として堂々とした態度をとらねばなりません。日本は国際的な公共財、平和、繁栄、そして民主主義の守護者として、しっかりと働かねばなりません。
これは実際、私の祖父の望みでした。1951年9月8日、サンフランシスコにて吉田茂が日米安全保障条約に署名した時、彼は、日本がいつか、自由な国際社会の秩序を支えるために、米国と対等なパートナーとして共に働けることを望んでいました。62年経った今も、その思いは生きています。
日本は、世界の平和と幸福と民主主義を増進していくという、崇高な責務を負っている、そう私は信じております。
だからこそ、みなさん、日本は経済力を取り戻さねばならん。だからこそ、私たちは“アベノミクス”を推進し、経済を好転させるために身を粉にしているのです。誤解しないでください。私たちは、経済成長のためだけにアベノミクスを進めているのではありません。日本がみなさんの信頼に足る同盟国となり、平和と繁栄と民主主義の守護者となるためにこそ、アベノミクスを進 めているのです。
これはTPPについても言えることです。3月に日本は、TPP交渉への参加を宣言し、先週、日米事前協議が合意に達しました。このように、交渉開始に向け、正しい方向に進んでいることを大変うれしく思います。
確かに、TPPは経済統合の話です。しかし、TPPの意味は、それよりはるかに大きなものです。日本は民主主義の経済としては、今でも世界第2位の大国です。もし日本と米国がTPPによって結び付けられることになれば、両国は、世界をもっと良くすることができます。両国は、太平洋地域における巨大な安定化勢力(mega stabilizer)たり得ます。考えてみてください。両2国を合わせたサイズは、まさに巨大(mega)です。
この目的のためには、繰り返して言いますが、日本は強くあらねばなりません。
TPPで結びつけられた日米両国は、太平洋地域における巨大な安定化勢力たり得る。
さて、次は、少々時間をいただきまして、アベノミクスの話をしたいと思います。
そのロジックは平易で、シンプルで、わかりやすいものです。最初に、日銀が金融緩和をする。
2番目に、政府が財政政策で実需を生み出す。3番目に、TPPや大胆な規制改革などを含む成長戦略で、成長を持続的な軌道に乗せます。
それだけです。そしてこれをアベノミクス、「3本の矢」と呼びます。ところで、安倍晋三首相は、大学時代にアーチェリーの選手だったそうです。このため、アベノミクスを、三本の矢の組み合わせと言うのは、彼にぴったりなわけです。私はアーチェリーの選手ではありません。私はクレー射撃の選手で、1976年のモントリオールオリンピックで日本代表を務めました。ですので、私は矢ではなく、バズーカ砲だと呼んでいます。
なお、結果的に円安となりましたが、これは副産物にすぎません。円安が私たちの目的だと言うのは、甚だしく的外れです。
デフレーションなるものは、あまりにしつこく、あまりに脱却するのが困難で、私たちは、ありとあ らゆる手段を用いなくてはなりません。つまるところ、縮小していく日本というものは、世界にとって害でしかありません。日本が成長し続けることこそ、日本の人々、米国の人々、地域の人々、そして世界の人々にとって、良いことなのです。これこそ、私たちが目指していることです。
もし、私の申し上げていることを疑わしいとお思いなら、それは、あなたがデフレーションを経験したことが無いからです。それがどんなものか、少しお話しましょう。
全ては1990年代初頭に資産バブルが崩壊したときにはじまりました。株価は1989年末の39,000円から7,000円まで下がりました。主要都市の地価は、1991年のピークから87%も下がりました。
結果として、多くの銀行や企業の資本が毀損しました。銀行は自分たちの不良債権の圧縮にしか関心が無く、企業は負債の返済しか考えていませんでした。
日本企業は、将来の成長につながる新たなアイディアや製品に投資するよりも、賃金カットでコストをぎりぎりまで引き下げることを選びました。
労働組合側も雇用を守るために、賃金カットを受け入れました。
お金の価値は、モノに対して相対的に徐々に上がりました。政府以外のほとんど誰もが投資したがらぬということで、成長は減速しました。こうして根深い悪循環となり、デフレーションはしつこいものとなりました。
デフレーションは徐々に体温を失っていく、スロー・モーションの死のようなものと言わねばなりません。
初期の段階では、痛みは感じません。賃金は上がらなくとも、消費者物価も上がらないため、購買力は大して落ちないのです。
自分たちが悪いサイクルから逃れられなくなっていると気付いた時には、もう手遅れです。
デフレーションはゆっくりと進むため、インフレーションのような警告のベルは鳴りません。だからこそ、デフレーションはインフレーションよりはるかに有害なのです。
では、何をすべきなのでしょうか?なぜアベノミクスが必要なのでしょうか。

12月の総選挙前、我々はアベノミクスの最初の段階では、日本人のデフレマインドを払拭することが最も重要だと考えました。
リスクテイクの精神を呼び覚ますには、経済の絵姿を劇的に描き直さねばならぬと考えました。我々が、「3本の矢」あるいは「3発のバズーカ」を同時に撃ち込むというアイディアが生まれたのはこのときです。
我々は、この考えを訴えて選挙を戦い、地滑り的勝利を得ました。有権者は長く待望されてきた大胆で迅速な行動を実行するのに必要な政治力を我々に与えてくれたのです。
我々は当時、政策パッケージとそれを実行する意思を表明したのみです。にもかかわらず、興味深いことに、市場が反応し始めました。東京市場の株価は上昇を始めました。このことは、 人々の認識、見通し、マインドを変えることがいかに重要かを物語っています。
確かに、日本は長きにわたるデフレーションを経験した唯一の国ですが、それはあくまで戦後の歴史について言った場合です。戦前まで振り返ってみて言わねばならんことは、日本は、デフレーションからの脱却をやってのけた数少ない国のひとつであったという事実です。
ジョン・メイナード・ケインズが『一般理論』を出 版したのは1936年です。しかしそれ以前の1930年代初頭に、日本でケインズ経済学的な 政策を行った人物がいます。それが高橋是清 です。彼は20世紀初頭に財務大臣を6度、総理を1度務めました。
彼は、まさに、いま私たちがしていることをやって日本を救いました。大胆な金融緩和と財政出動がデフレーションのスパイラルを止めました。今日の私たちのように、彼も大胆かつ迅速 に行いました。まさに、「衝撃と畏怖(shock and awe)」の政策でありました。ルーズベルトは、高橋からインスピレーションを受けたと言ったと言われますが、それほどのものであったのです。 我々の先輩にデフレーションからの脱却に成功した人物がいると思うと、勇気づけられます。 我々も、彼の後に続きたい、そう思います。
さて、アベノミクスの起こりに話を戻しましょう。アベノミクスは、今年1月、当時の白川方明日銀総裁と私が、日本の金融政策史上初めて、「共同声明」を発表したときから始まります。
この共同声明において、日本銀行は、2%のインフレ・ターゲットを導入しました。我々はこれを 「物価安定目標」と呼んでいます。政府は、機 動的なマクロ経済財政運営、競争と成長力の 強化、持続可能な財政構造の確立に取り組む としています。
我々がその後行ったこと、今後行うことは、すべてこの共同声明に基づいているのです。
とにかく、最初のバズーカは大胆な金融政策です。
これについてはこれ以上語りません。新聞を開 けば十分でしょう。そこには、クロダノミクスにつ いて多くのことが書かれています。
日銀の黒田東彦新総裁は、実に大規模で迅 速に、まさに「衝撃と畏怖(shock and awe)」を実 行しました。
まず彼が胆力を見せてくれたこと、次に、彼のコミュニケーション力が優れていること、そして、世界の中央銀行のコミュニティとつながりを持っており、彼らから尊敬されていることを歓迎したいと思います。
さて、第2のバズーカについて、詳しくお話しします。それは、私が所管している財政政策です。
この点についてご注意頂きたいのですが、私たちは大きな政府を目指しているのではありません。米国の保守主義を、そのまま日本に当てはめて考えることはできません。ここ米国では、保 守主義は小さな政府と減税を目指します。日本では、状況はより複雑です。デフレ下で、民間 セクターが支出できず、貯蓄するしかないとき、政府が「最後の払い手(spender)」とならざるを得ません。
私たちはこうした考えで大規模な24年度補正予算の編成に取り組みました。
公共事業もまた重要です。単に重要なだけでなく、文字通り、命に関わります。
もし、築50年以上の老朽化した橋、道路やトンネルを、今、補修しなければ、いつそれらが崩落しないとも限りません。アメリカにおいても全く同じ問題があるでしょう?
また、ゴールデンゲートブリッジやフーバーダムについて、当時の人々が語ったことを思い出してみてください。建てられた当時は、多くの人がそれを単に無駄遣いだと言いました。
しかし、築後70年以上たった今、フーバーダムは、年に100万人以上の訪問客を惹きつけています。ダムがなければ、ラスベガスは、影も形もなかったでしょう。
ゴールデンゲートブリッジがなければ、サンフランシスコの経済は、はるかに小さなものとなっていたはずです。つまり、公共事業というのは、将来世代に投資していることになるのです。それが、私の公共事業の定義です。
私はまた、税制は、より大きな役割を果たすべきと考えています。
日本では、金利が低く、地価も非常に低い、にも関わらず、企業は投資をしません。企業の設備投資は減価償却費を下回っており、繰り返しになりますが、それはデフレーションのせいで あります。
そこで、私たちは、新たな制度を導入しました。国内の事業拡大のために新たな機械や設備を購入すれば、税額控除か特別償却を受けることができます。
研究開発投資を行った場合にも、税額控除できます。更に、雇用や賃金を拡大する場合にも、税制上の手当てを行いました。
ここでご注意頂きたいのは、我々は、輸出拡大 というよりも、内需創出のために、これらの政策に取り組んでいるということです。日本のGDPのうち、輸出が占める割合はたったの 11~13%に過ぎません。この値は米国やブラジルよりは大きいものの、他の国より小さなものとなっています。例えば、ドイツはGDPの40%を、中国も25%を輸出で稼いでいます。
一層の成長を呼び込むために、我々は、説得という手段を使うこともあります。
この点、安倍晋三氏も私も、どちらも元首相だったので、ラッキーです。総理と私は、大勢のCEOたちに会い、彼らの愛国心に訴え、雇用や給与を増やすことを求めました。
こうした働きかけが功を奏したか、久しぶりに、多くの企業が従業員への賃金を増やそうとして います。
しかしながら、デフレマインドを払しょくするだけでは、経済の回復は長続きしません。私達は人々のマインドの改善を持続的な経済成長へとつなげていかねばなりません。
このためには、2つのリスクに取り組む必要があります。1つ目は成長を伴わないインフレ、2つ目は成長を伴わない金利上昇です。それぞれ説明していきましょう。
例えば、物価が上昇しているにもかかわらず、経済が成長しないので賃金も上昇しないとします。これがまさに悪いインフレで、国民の生活を苦しめます。
このリスクに対応するために重要なのが、第3のバズーカです。つまり、成長戦略のことですね。
これは難しい。容易に成長できるとは申しません。しかし、鏡をのぞきこんで我々自身を見つめなおしてみれば、もっとできることがあると気づくのです。
楽天家であるように聞こえるでしょう。しかし私は、国をリードしていくには、皮肉屋よりも、楽天家であるべきとさえ思っています。私と安倍総理に共通しているのは、日本の潜在力を信 じていることです。こうしたことから、私たちを「楽天家の2人組(optimistic duo)」と呼んでください。
例えば、日本が何を提供できるか見てみましょう。
東京大阪間を結ぶ新幹線は、平均30秒の遅れで運行しています。分ではなく秒です。1964年の開業以来、乗客の死亡事故はもちろん、事故による1人の負傷者も出していません。
他には、リニアの技術がありますが、これを使えば、ニューヨークとワシントンDCも40分で結べます。
次は、優れた食料品。アジアでは、シンガポールから、香港、中国広東省に至るまで、日本産の米、りんご、酒などに大きな需要があります。
私はいつも、日本の農家に対し、あなたたちなら巨大な輸出産業であるトヨタをもう1つ作ることができると言っています。
漫画、アニメ、ポップミュージックコンテンツなどの産業も重要です。私が外務大臣として、日本国籍以外の漫画作家を対象とする国際漫画賞を創設したことを覚えている方もおられるかもしれません。
また、日本の中小企業の中には、驚嘆に値するものがあります。
例えば、東京の岡野工業は、注射針市場を独占しています。なぜか?それは、この企業だけが、先端が蚊の吸い口ほどに細い注射針を生産できるからです。ここに何人の従業員が居る か?社長も含めて、たったの6人です。
こうした、あまり知名度は高くないものの、世界クラスの職人を抱える企業が存在する国は、他にほとんどありません。1000年も昔にさかのぼれるようなファミリービジネスが存在するのは、日本だけなのです。
政府にとって真の課題は、「解き放つ」ことです。 私たちがすべきことは、ただ、企業自身が輝くに任せることです。これが、第3のバズーカの核でなければなりません。
詳しくは、あと2,3か月待ってください。我々は既に専門家グループを立ち上げており、彼らが 規制緩和やイノベーションなどの成長戦略に関する提言を行う予定です。私はこの提案を楽 しみにしております。これらは、デフレ不況の根本にある問題を劇的に変えるような大胆なものとなるでしょう。
このように、悪いインフレを招かないよう、成長戦略を進めていくことが最も重要です。
2つ目のダウンサイドリスクである、悪い金利上昇についてはどうでしょう?
財政健全化に取り組むことなく、大胆な金融政策だけを推し進めれば、財政への信認と信用が失われるのは明らかです。
日本の粗債務残高は、GDP比200%を超えており、財政健全化に取り組んでいかなければ、急激な金利上昇も起きかねません。言うまでもなく、こうした事態は誰の利益にもなりません。
しかし、過度のご心配には及びません。実際のところ、全ての国債を自国独自の通貨で発行できる国は、世界でも数か国に限られています。
ほとんどの国では、国債を自国通貨以外の通貨建てでも発行しなければなりません。日本は、自国通貨建ての債券を発行して、債務を賄うことができますが、そうしたことができるのは、他には、もちろん米国もですが、英国、スイスといった例がある程度です。
こうした国々においては、債務削減に向けた信用に足るロードマップを示すこと、そしてそのロードマップに忠実に従って市場の信用を勝ちとることが最も重要です。
この点、私は昨年の与野党合意による税制抜本改革法の成立を誇りに思っています。その法律に従い、消費税率を来年4月に現在の5%から8%へ、そして2015年10月に8%から10%へと引き上げることが予定されています。
税が高くなることなど、誰も望んではいません。増税は、政治家にとって、最も不人気な政策です。私は、国会がこの法律を成立させることができたことは、日本の民主主義の成熟度を示 すものであると自負しています。
また、黒田新総裁による極めて大胆な金融緩和は、先の「共同声明」において、政府が財政健全化を着実に推進すると明記されているからこそ可能になったことも忘れてはならんことです。
日銀は、今後2年を念頭に、常識を超えた大量の国債購入を行っていく中、市場は、政府が財政規律にコミットしているかに今まで以上に敏感になります。
我々としては、財政健全化はもはや将来の課題ではなく、今このときから着実に推進し、実をあげていかねばならない現在進行形の課題と認識しています。今後、税制抜本改革法に基づき、経済環境を整備し、予定通り消費税率を引き上げる決意です。
また歳出の肥大化を抑えるため、社会保障改革等にも取り組んでいかねばなりません。
日本は、G20トロント・サミットにおいて、他の参加国と共に財政再建にコミットしました。我々はそれを遵守しています。
具体的には、2015年度までに、プライマリーバランス赤字対GDP比を2010年度の水準から半減させ、2020年度までに黒字化することを目指します。そのため、我々は、年央を目途に中期財政計画を策定します。
こうした取り組みにより第2のリスクも回避できます。持続的な成長に向けて、アベノミクスによる効果を定着させていかねばなりません。
スピーチを終える前に、日本がどのような国であるべきか、少し話をさせて下さい。
日本は、努力が報われる場所でなければなりません。日本は、リスクをとる者には機会が、それも1度きりではなく、何度も与えられる場所でなければなりません。2人の元首相を見れば、日 本ではカムバックのチャンスがあることは明らかでしょう。
日本は、ジョン・メイナード・ケインズが言うところの、アニマルスピリットが成功を呼び込む場所、イノベーションのための場所であらねばなりません。
日本の医療技術は世界の最先端を行っています。ノーベル賞受賞者である山中伸弥教授の言葉を借りれば、日本は、幹細胞技術の実用化に一番近い国なのです。
こんなところでしょうか、みなさま。
繰り返しになりますが、これらすべてのことは、日本のためだけではなく、私たちの同盟を強化するためのものでもあります。
つまるところ、米国は最大の民主主義国家であり、日本はなお第2の地位にいます。我々が協力すれば、多くのことが実現できます。我々に限界は無いのです。
ありがとうございました。